「踊るマハラジャ」? いいえ、「踊るママなのジャ」

義姉が帰省している間は、義父に付き添ってくれるとのことなので、私は安心して実家の両親達と祖母に会いに出かけた。

祖母の部屋に着いて 持参したおせちを広げると、祖母は目をくりくりして喜んだ。食事は小さく切れば大丈夫のようだが、飲み物はストローでは飲めなくなっていた。小焼けが「ひいおばあちゃん、ストローをそんなに噛まずに、チューと吸ってみて。ほら、こうやってね」と口元と頬を すぼめ、ストローで吸うような動作をしてみせるのだが、祖母はうまくできないようだった。それでも、私達が手を添えると コップから少しずつ飲めることに安心する。

 

食事が一段落すると、母は「さて、新年会の第二部と参りましょう ♪」と言いながら、パソコンやブルーレイ ディスク を用意し始める。昨年末のレコード大賞と、紅白歌合戦の一部が録画してあるらしい。 ん? 何を始めるの? PC画面には Foorin の「パプリカ」が現われた。 もしかして、お正月早々に これを歌い踊ろうとしていますか? しかも、ここで?

私のそんな戸惑いにはお構いなしに、母は「さあ!小焼けちゃん、いくわよ!」と誘いの声をかける。 小焼けは「え~! これって、もっとちっちゃい子達が喜んで踊るものじゃな~い? 私、もう中学生よ~。」と答えた。それなのに 曲が始まると即、踊り始める。( 踊るんか~い?!)。 そう言えば、家でもTVをちょっと見ただけで、すぐに覚えて踊っていた。「ちっちゃい子が喜ぶ」と言ったのに、中学生も喜んで踊っているではないか。 しかし、我が娘ながら キレの良いダンスだ。じょうず~。 

母はもっと張り切って歌い踊る。 えっ! ちゃんとテンポに合っていて、画面のFoorinに遅れていない。 手足の複雑な動きもマスターしてる。 なんで?? 傍で父も小さく踊っている。 え~! 父もうまい。 なんで~??

 

後で聞くと、最初に Foorin のダンスを見た時に、母は「若い人は凄いわねぇ。こんなのが踊れるのね。私はもう付いていけないわ」と思ったらしい。 ところが、YouTubeにダンスがたくさんアップされていて、その中には 自分が躍るのと同じ向き(左右逆)で、 しかもゆっくりわかりやすく解説しながら踊ってくれる「反転・超スローバージョン」があるのを見つけたとのこと。 

「これなら私も踊れるようになるかも。しかも、手足をよく使い、左右バラバラに動くこの振り付けは、自分達の認知症予防になる!」と閃いたらしい。 母はそれらの画面を一時停止して確認しながら、数ヶ月かけて、父と一緒に覚えたのだそうだ。「最初は全然できなかったのに、すごく上達したわよね。私達」と父と二人で笑っている。

そして、お正月に颯爽と踊ってみせて、みんなを驚かせようとも思ったらしい。(年が明けても、まだ人を驚かせることにエネルギーを注いでいる・・・いたずらっ子か!?)

 

「夕暮れ! 見てないで踊りなさい」と誘われる。 えー、私も? 照れますやん。 
ふと見ると、祖母が にこにこしながら一緒に踊り始めている。 母と小焼けの真似をして、数テンポ遅れながらでも踊っている。 口も曲に合わせて 歌うがごとく動いている。とても楽しそうだ。そっか・・・。 良かったねぇ。 おばあちゃん。祖母の笑顔を見ると幸せな気持ちになる。 

私も踊り始めたが、母達のようには踊れない。う、う、う・・・。軽快なリズムなのに、ダンスが、む、むずい。 どうなってるの、これ? しかし、繰り返している内に次第にできるようになる。 楽しいではないか! リピートに次ぐリピート。「はぁ、疲れたわ」と言う母に「もう1回」と言ったのは私だった。

 

祖母のいる部屋は個室とはいえ、「お隣に音が響くと申し訳ないね」と私が言うと、母は「以前に訪れた時に、職員さんには相談はしてあるのよ」と言う。 職員さんは「お隣の部屋の方はお耳が遠いので、大丈夫ですよ。 お母様 (私の祖母) が楽しいのが何よりです」と笑顔でおっしゃってくださったとのこと。

母は祖母を訪問する時はいつも、おやつの他に認知症に良いと言われる 何らかのものを用意して行く。 手指を使って一緒にできる おとなの塗り絵や書道(アートセラピー)、アロマセラピー、ハンドセラピー等々(の つもりらしい)。 中でも、祖母は音楽を聴いたり、口ずさんだりするのが昔から大好きだ。

 

楽しげに歌い踊る母の姿を眺めながら、「母の心の中にあるもの」に想いを馳せる。「自分達夫婦の認知症予防になる」と閃いたと同時に、祖母のことが頭に浮かんだのではないだろうか? そして皆で笑い合いながら「ミュージック&ダンス (セラピー)」をしたかったのではないだろうか?  祖母の脳が少しでも活性化すればいいなぁと願って・・・。

ニコニコと嬉しそうな祖母の姿。 その日は、独自に見えている世界ではなく、皆で共有できる世界の中に、祖母は確実にいた。

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