うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ

帰宅してみると、リビングから「うっせぇ」という言葉と、床を踏みならすような物音がする。 娘(小焼け)は中学の卒業式が済んだ後、高校の入学式までは自由を満喫している。入学後に始まる電車通学に備えて、自宅から駅までの距離や乗っている時間・降りてから学校までの時間を計ったり、電車の混み具合などを体験する為に、今日は友達と一緒に実際に高校まで行ってみると言っていたはず。その後は ちょっと遊んで、帰宅してからはいつものように花壇の手入れをし、夕食を作るとも言っていた。 

それなのに、この怒鳴り声と物音は? 小焼けは 元々のんびり屋で、声を荒げて物を言ったり、荒々しい態度をとるということもなかったのに、今日は何か気に入らないことでもあったの? それとも、普段は我慢をしていて、一人でいる時に、こうして発散してバランスをとっているのかしら? もしそうだとすると青天の霹靂。そんなこと想像したこともなかった・・・と不安になる。

 そんな不安はひとまず置いて「ただいま!」と元気にリビングのドアを開ける。すると「あ、おかえり~。ご飯、できてるよ」といつも見慣れた くったくのない笑顔で迎えてくれる。そして付け加える。「ねぇ、お母さん、これ、だいぶ踊れるようになった。見て見て」

 

小焼けがネットで開いていたのは、あの『うっせぇわ』だった( なんと、YouTubeで 5ヶ月間で 1 億回以上 再生されたらしい)。Adoさんの歌にダンスが加わって、その振りを真似して踊っていたのだという。「いつの間に覚えたの? 小焼けのダンスも音楽によく合っていて上手ねぇ」と言うと、「本家は まだまだ、こんなもんじゃないよ。すっごいんだから。1 音に1 振り付いている感じ。私はそこまでできないから、振りを飛ばしながら拍子の頭の部分を合わせてるだけ」と答える。ほぉ~、どれどれ。

小焼けの踊っていたのはこれです ↓ 


www.youtube.com

  凄いはずだわ。振り付けは あの登美丘高校バブリーダンスの akane さん。公開されて 3 週間で既に120 万回の視聴回数。ダンサーもマスクをつけたままで、これほどのキレッキレのダンスができるとはお見事。感嘆して見入る。

 

「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ !」との叫びを聞いて「そうだ!そうだ!」と同調するよりは、10 代のエネルギーに圧倒されて たじたじになる方が強い。・・・ということは、私はあちら側ではなく、こちら側にいて「うっせぇわ」と言われる側なのか・・・。

「うっせぇ」と言われると、対話の余地もなく拒絶される感もある。けれど、世の中にはいくら努力しても分かり合えない人達って確かにいるよね。理不尽なことも多すぎる。だからこそ、面と向かっては言えなくて、せめて心の中で「うっせぇわ!」と叫ぶしかないこともある。それは高校生のみならず、おとなとて同じかも。 

 

心の中があちら側とこちら側を行ったり来たりする。ふと気になって小焼けに尋ねる。「反抗期まだなの? (遅れてない?)  うっせぇわ!と叫びたくなることはないの?」 小焼けはのんびり応える。「う~ん。今のとこないねぇ。言いたいことは言うし、したいこともしてるし」

 

そういえば、小焼けの中学の部活の顧問の先生(女性)は熱血であった。その指導力は群を抜き、この先生がいらっしゃる学校は必ず全国大会でトップの成績を収めると定評もあった。小焼けの学校でも噂に違わず迫力があった。厳しかったけれど、全国大会を目標に皆で励まし合って頑張ってきたのだという。

 時には、先生の怒りが爆発し涙にくれる生徒も多かったらしい。「そんな時はどうしたの?」と尋ねると「生徒同士で話し合って、やはり先生の方が間違っていると思ったら、皆で先生のとこに言いに行ったよ。『技術が足りないのは努力します。でも、さっきのは、先生が感情にまかせて言われたことのように思えます。だから私達は納得できません』って」。 えー! そんなことを言いに行ったの? はらはらする。

「で、先生はどうされたの?」と更に尋ねると、「あなたたち、何言ってんのよ」と言われながらも、ちょっと冷静さを取り戻されて「じゃあ、あなたたちの思うようにしてみなさい」と言われたとのこと。

 

卒業までにこういうことが幾度かあったらしい。「へぇ~、じゃあ、この歌にあるように『うっせぇ!うっせぇ!』と叫ぶまでには至らなかったのね?」と言うと、小焼けは「陰でいくら叫んでも、相手には伝わらないもん」と応える。

その熱血先生は今年 3 月末で退職なさった。離任式には卒業生もたくさん訪れたとのこと。(コロナ禍を案じて 卒業生は来てはいけないとのことだったらしいけれど)。時には厳しすぎる思いがしても、先生の熱意と愛情が底にあるのを感じていたからこそだろう。 

思えば、小焼け達は 生徒の意見に耳を傾けてくださる顧問の先生に恵まれていたのね。世の中にはいくら話し合いたくても受け付けてもくれない人の方が多いもの。だからこそ、この曲がこれほどの共感を呼ぶのかもしれない。「うっせぇわ!」と叫びながら頑張っている人達のことを思う。

 

今はまだ、「話し合えば、ちゃんと伝わる」と思っている小焼けも、世の中にはそうもいかないことが多すぎると感じる時が いつか訪れるのだろうか・・・と思うと、ちと切なくもある。

 

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