三途の川に鳴り響く『情熱大陸』

「まだコロナが収らないので、親戚や夕暮れ達に声をかけるのも憚られるから、おばあちゃんのお盆は お寺様と私達 (実家の両親) でお迎えするね」と早い時期に母からの LINE が届いていた。 

お盆にお参りできなかったことが心にかかり、せめて思い出話をして祖母を偲びたいと思った。カメラとネットを繋いで実家の両親と語り合う。祖母のエピソードが 尽きることなく出てくることに驚きつつ、「いろいろなことがあったけれど、こうして祖母は自分の人生を生ききって 天寿を全うしたのだなぁ」と改めて思う。

 

「おばあちゃんは、無事に三途の川を渡れたかしらねぇ」と母が言う。・・・ ああ、そうだった。・・・祖母のこの世の息が絶える時のことを思い出す。かねてより、祖母は曾孫である小焼けに 言っていた。「ひいおばあちゃんがこの世にさよならをする時は、小焼けちゃんがバイオリンを弾いて送ってね」。

 

実家の古いアルバムには、祖母が若い頃にバイオリンを奏でている写真があり、それを見つけた 3 歳の小焼けが「ひいおばあちゃんみたいに、私も弾きたい」と言い出して、バイオリンの手ほどきを祖母から受け始めたのだった。レッスンを始めてはみたものの、祖母の指導には なかなか厳しいものがあって、小焼けは時折 泣きながら かんしゃくを起こした。「ひいおばあちゃんの言ってることは分かるけど、小焼けの指と腕が言うことをきかないの。そんな風に動かないの!」。

それを見ていた夫がそっと呟いた。「ピアノにすれば良かったかなぁ・・・」。「うん? どうして? 小焼けはバイオリンを習いたいと自分から言ったのよ」と私が問うと、「小焼けは、今にもバイオリンを ぶん投げそうな形相をしてるよ。ピアノなら さすがにぶん投げられないだろ?」 

そんな時期もあったけれど、幸いにもバイオリンを壊すこともなく、サイズも 1/4、1/2 、 3/4 を経て フルサイズになる頃には、「ひいおばあちゃんセンセも バイオリンも大好き」と言うようになった。

 

時は流れ・・・昨年の春、祖母の主治医の先生から「ここ 1 週間の内かもしれません」と告げられて、小焼けは 曾祖母にリクエストされていた曲を 家で演奏し録音をした。それを私が施設の祖母の部屋に持参し 耳元で聴かせていると、職員さんが「曾孫の小焼けちゃんが、実際にベッドの傍で弾いてあげられると喜ばれるのではないでしょうか」と言ってくださった。ユニットの個室だったとはいえ、近くの部屋の方達に ご迷惑ではないかしら?と案じ 恐縮しつつも、祖母の最期の願いを叶えたくもあり、お言葉に甘えることにした。

 「いよいよ、今日あたりかも・・・」という日、祖母に縁ある者達も 最期のお別れをしたくて集まっていた。( コロナ禍で面会制限が始まっていた時期だったけれど、別の入り口から入室させてくださった施設の方々に感謝です)。小焼けがベッドのそばで弾き始めると・・・、なんと! 祖母がベッドの柵を持って起き上がろうとした。人は最期まで耳は聞こえると言われていたので「奏でる音が祖母に届きますように」と 願ってはいたけれど、まさか、旅立とうとしている祖母 本人がそのような仕草をみせるとは・・・。 (起き上がってちゃんと聴きたかったの? おばあちゃん)。人の持つ力に驚くと共に、不思議というよりは何か言葉にできないものさえ感じた。

 

「ひいおばあちゃんが この世にさよならする時に ベッドのそばで弾いて欲しい」と頼まれていた曲は、小焼けが曾祖母に練習をみて貰っていた頃の教則本にあった『愛の挨拶(エルガー)』『モルダウスメタナ)』から始まり、『ラ・フォリア(コレッリ』、『シャコンヌ ト短調(ヴィターリ)』等へと続いていた。小焼けが、哀愁をおびた『アヴェ・マリアカッチーニ)』を静かに弾き始めた時には、その場に居合わせた誰もが 祖母との別れがもうすぐ訪れることを思い、共に過ごした日々を思い描きながら涙した。

 

↓ 『アヴェ・マリア (カッチーニ) 』 ヴァイオリニスト 高松あいさんの演奏をお借りしました


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 わっ! 突然 何の前触れもなく 曲調ががらりと変わった。『情熱大陸』だ! 

曲名通り 情熱的な素敵な名曲ではあるけれど、「ど、どうした小焼け?!」。昭和のコント番組なら 一同 ドタッと倒れ込むところだ。尋ねながら小焼けを見ると、眼に涙をいっぱいためて、「これ以上弾くと涙が溢れる。ひいおばあちゃんを元気いっぱいに送ってあげたい」と答える。『情熱大陸』は人気のある曲で、小焼けも暗譜で弾けるようになっていたのは知っていたけれど、この場で聴くことになるとは・・・。

 

「穏やかに旅立とうとしていた ひいおばあちゃんが、三途の川の渡し船を飛び降りて、走って戻って来そうだねぇ」と誰かが言う。「戻って来てくれるなら、それも嬉しいけどね」と別の者が応える。最終的には「賑やかで楽しいことが大好きだった ひいおばあちゃんが一番喜んでいるかもよ」ということになり、『情熱大陸』をリピートして祖母を見送ったのだった。

 

↓ 情熱大陸』 同じく 高松あいさんの演奏をお借りしました


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