手術台の上で泣き叫んだ お方

今まで何度も入院・手術をしてきた経験からすると、4 人部屋の各ベッドはカーテンでぐるりと囲まれ、同室の方達が看護師さんやドクターと会話される声が聞こえる以外には 患者同士は顔を合わせることも殆どなかった。

ここ数年間は コロナ禍で仕方ないにしても、遥か昔、母が入院していた頃は 6 人部屋でもカーテンは開けっぱなしで和気藹々と会話が弾んでいたように記憶している。病院とはいえ、換言すれば、お互い、病を抱えている身だからこそ? 個人の空間を大切にしたい時代になっているのだろうか?

 

ところが、今回は入室すると、病室備え付けの洗面台 (4人共有) の前に たまたまいらした方にお会いした。お向かいのベッドの方のようだ。私が「今日からお世話になります夕暮れです。よろしくお願いします」とご挨拶をすると、私の母と同じくらいの年齢のその方 ( Tさん) は にこにこと挨拶を返してくださった。

私の病気の経過などについて尋ねられた後、ご自分の手術のこと、お孫さんのこと、お仕事のこと、バーボン・ウィスキーが大好きなこと(かっこいい 70 代だなぁ。お酒が飲めない私にはバーボン・ウィスキーなんて 夢のような世界だ)・・・など話してくださった。

お話を聞きながら、忙しく働いてこられた日々の中にも、人が好きで友人も多く、家族も愛してこられた姿が想像できる。それなのに、突然 病気が分かり「手術しなければ半年の命です」と告げられた時の驚き。T さんの心情に自分を重ねて切ない。

Tさんは更に続けられる。「『まだ死にたくないから手術します』と言ったけど、いざ手術室に入ったら怖くなっちゃって『先生、私、やっぱり手術やめます! 死んでもいいから家に帰ります!』と手術台の上で 起き上がろうと 頭と肩を浮かせて叫んだのよ。そしたら、先生が無言でそっと両肩を押し戻されたの」

・・・うんうん、お気持ち お察しします・・・。

「それでね、私、どうしたと思う?」と T さん。手術を間近に控えている私は他人事とは思えず、気になって「どうされました?」と尋ねる。T さん曰く「泣いたのよ、私。しゃくりあげながら大声で・・・。でもねぇ、目が覚めたら手術終わっちゃってたわ」と豪快に笑われる。

そこまで話すと、Tさんは「どれ、ちょっとひと休み」と言われて、ご自分のベッドに戻られた。

 

夕方になって T さんの主治医の先生が来られたようだ。カーテン越しに会話が聞こえる。どうやら、術後の経過と今後の治療方針について説明をされているようだ。

ひとしきり話された後に主治医の先生が「何か分からないこと、聞きたいことがありますか?」とおっしゃる。すると T さんは「このテレビの音がさっきから聞こえなくなって、どうしたらいいか分からないです」と応えられた。私は向かいのベッドで「聞くとこ、そこ?」と のけぞりそうになり、心の中でツッコミをいれる。

生真面目そうなドクターは 倒れ込みもせず「テレビの音が聞こえませんか? イヤホンですかねぇ。見てみましょう」と言われ、しばらくして「分かりました。リモコンの ここのボタンを押したら聞こえますよ」と仰った。

お二人の会話に なんだか ほのぼのとする。

 

私はこれまでの数回の手術で「内臓」が「無いぞう~」状態だけれど、今回の胃の摘出は 今後の生活に支障が出そうで気が重い手術だ。それでもこうして T さんと知り合えて良かったなぁ、元気が出るなぁと思った。( 70 代でバーボン・ウィスキーがお好きな 自称「大酒飲み」で豪快そうな女性なのに、そこはかとなく愛らしくて、憧れちゃう人生の先輩にまたお一人出会えました)

 

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