爽やかな風を残してくれる人

休日に友人達と出かけた娘 (小焼け) が、その内の一人 ( T 君) に家まで送ってもらって帰ってきた。T 君と小焼けは幼稚園から高校に至るまでずっと一緒。私が T 君に会うのは久しぶりだ。ちょっと見ぬ間に身長も伸び、骨格・筋肉もしっかりして 頼もしい男子高校生の風貌になっている。T 君は幼稚園児の頃から既に 誰に対しても優しくて面倒見も良かった。年齢が進むに連れ、彼の温厚さと思慮深さに拍車がかかり、クラスメイト達は彼が大好きで、「お父さん」と呼んで頼りにしていた。

 

玄関先で挨拶だけして帰ろうとする彼を引き留め、一緒にデザートを食べる。(夕食は一緒に出かけたみんなで済ませたとのこと)

「駅で T 君を待っているわずかな間にナンパされたわ」と小焼けがのんびりと言う。「そうなんですよ。僕が近付いて行った時には、小焼けちゃん、相手の男の人にスマホで連絡先を交換させられそうになっていました」と T 君が付け加える。

「えー! 見ず知らずの人に連絡先を教えるなんて危ないわよ!」と私は驚く。

「連絡先を教えないと引き下がってくれないからねぇ」と歌うがごとく 小焼けは続ける。

「危険な目に遭ったらどうするのよ? お女郎部屋に売り飛ばされたりとか、臓器を売られたりとか・・・」と焦って私が言うと「お母さん、いったい何時代ですか?」とすかさず T 君が突っ込みを入れてくれる。

 

それから話題は、ナンパされた後に連絡をしたらどうなる可能性があるか・・・に進む。①普通にデートして仲良くなっていく。②本来の目的は別にある(例:商品を売りつけられる。闇バイトに誘われる。宗教に勧誘される・・・等々)「そういえば まあまあのイケメンだったね」と小焼けは人ごとのような口調で言う。

「ほら ご覧なさいよ。犯罪グループならまずイケメンに声をかけさせて、それに乗ってくる女の子を巻き込む算段なのかもよ。後から怖い黒幕が現れたりしてね。免許証 (学生は生徒手帳) をコピーされたりして 住所や勤務先 (学校) も知られ、家族に危害が及ぶから悪事に手を染めたとわかっても警察にも届けられないとか」と私。メディアで見聞きした事件が頭の中を駆け巡り、妄想が暴走し始める。

 

「で、連絡先はどうしたの?」と もう一度確認すると、小焼けは「SNSのアカウントを教えた」と答える。「えー! 学校用や昔からの友達が登録してあるアカウントを教えたの? なんてことを!」と驚いて問うと、「そんな危ないことするわけないじゃない? こんな時のために捨てアカを持ってるのよ。無視するのも失礼だろうし、逆ギレされても怖いし、『今から友達と約束がありますから』と断っても『せめて連絡先を』と言われるし。教えないといつまでもしつこくされるからね、さっと切り上げるには こうするのが手っ取り早いの。電話番号とか名前とかは絶対教えなくてアカウント名だけ」と言う。連絡先 (アカウント) を交換した後、本人の姿が見えなくなったらすぐにブロックして 連絡できないように削除するのだそうだ。ふむ、そういうものなの? 

 

「木の枝の先に 恋文をくくりつけて おずおずと差し出した時代もあったのにねぇ」と私が言うと「お母さん、いつの時代ですか?」とまたまた T 君。「さっきの人は自分の大学名も言ってたようですし、①のように、ただ小焼けちゃんと付き合いたかっただけかも知れませんよ。小焼けちゃんがまだ高校生だと知らなかったみたいですし」と T 君は続ける。まあねぇ、小焼けは 見た目だけは この年代の少女らしい透明感のある肌とキューティクルが整った艶々した黒髪をしている。話すと 限りなくおじさんっぽいのにね。

思えば、小焼け達の世代は 生まれながらにしてスマホもパソコンも身近にあり、インターネット (SNS) に抵抗感もないのかしら?  その分、危険を察知して避ける知恵もあるのかなぁ?  昭和生まれは心配し過ぎかしらね。そして ふと気付く。こうして極々個人的なエピソードを 長年に渡って だらだらと書き続けている私の方こそ無防備?

 

「車で家まで送るわよ」という私に、T 君は「走って帰ります」と爽やかに応える。「えー、車でも15分はかかるわ。乗って行って」と更に誘ったが「これくらいの距離は全然 大丈夫です」とのこと。さすが全国大会まで行くスポーツマンだけのことはある。そして思う。この素晴らしいエネルギーを なんとかして有効に使えないものかしら? T 君に発電機を付けて走ってもらって蓄電できたら、電気料金高騰の この折、助かるのにね・・・。

 

T 君は爽やかな心地良さを残して帰って行った。年齢にかかわらず、話し終えて姿が見えなくなった後にも温かいものを残してくれる人っているなぁと改めて思う。「T 君のような人と結婚したら 穏やかで楽しい家庭が築けそうね」と言うと、小焼けは「それがねぇ、T 君は将来 バックパッカーになって 世界の国々を訪れるんだって。そのために地理や いろんな国の歴史や言語を勉強したり、お金を貯めたりしなくちゃいけないから、結婚はしないって。中学生の頃からそう言ってるから、私は時々『結婚する気になったかい?』と確認してるんだけど 返事はいつも『僕は一生結婚しそうにない』って」。

そっか・・・いろんな夢や生き方があるね。地図で調べなくては どこかよくわからないような国で、そこに暮らす人々と共に 笑っている T 君を想像してみる。どこにいても T 君は爽やかだ。