暇人の多忙(その2)

『契約終了時には 諭吉さんが連れ立って我が家にやって来る』はずだったアルバイト。応募したことを とんでもなく後悔するまでに 時間はかからなかった。

まずは 採用にあたっての 注意点などが書かれた手引き書がメールで届いた。堅い言葉が連なっている上に 項目が多くて すぐには頭に入らない。ひとまずプリントアウトして、重要事項にはラインマーカーで印を付けることにする。令和なのに昭和だ。

最後のページには但し書きまで付いている。「メディア等への投稿は禁止いたします」って。「ご遠慮ください」じゃなくて「禁止」って、なんか怖くない? そんなに厳しいものなの? とんでもない所へ足を踏み入れてしまった予感がする。禁を破ったらどうなるの? 裏山に埋められる? メディア等への投稿は禁止ということは ブログにも書けないの? 課題や投稿内容ではなくて こぼれ話だからこれくらいは書いても良いよね? お願いだから埋めんといて・・・。依頼元はちゃんとした所なのに、妄想が暴走する。

 

募集要項を斜め読みしかせずに応募した為、自分勝手に解釈していたことが幾つかあった。えー! そんなの聞いてないよぉ~。(ちゃんと書いてある)。まず第 1 は、課題を読んで その「感想」を書いて送るのではないということ。勘違いする人が多いのだろう。手引き書のその箇所は 始めから太字で下線まで引いてある。「このテーマに関するあなたの意見、提案、要望を」とある。あらまぁ、「感想」を書くのだとばかり思っていた。

そして思い出す。小学校から高校まで奮闘した 夏休み宿題の読書感想文のことを。本を読むのは好きだったけれど、感想を書かねばならないと思いながら読むのは嫌だった。それでも小心者ゆえ、宿題は期限を守ってちゃんと提出する。その為には、夏休み最後の3日間に命をかけて (?!) 頑張った。2学期開始の9月1日が日曜だと分かった時の嬉しさまで甦ってくる。だから今回も「感想」なら締め切りギリギリでもなんとか間に合わせることができるだろうと思っていたのに、はぁ?「このテーマに関するあなたの意見、提案、要望」とな? 

 

第1回目のテーマが届いた時には青ざめた。なんじゃこりゃー! 見聞きしたことはある言葉だが、詳しくは知らない。これについて私の意見? ありませんがな(きっぱり)。仕方ないので検索してみる。解説や識者の意見なるものもあるだろう。またまた なんじゃこりゃー! ものすごい数が出てくる。その上、カタカナや英文字がいっぱいだ。これらをまた検索せねばならない。ふ~ん。なるほど・・・。 で? これって結局ナンなのよ? 情報が多くなれば 余計に混乱する。

今までも新聞やブログでの書評は丁寧に読み、お薦めの本は購入して読むのも楽しかった。自分だけでは知り得なかった分野は新鮮で、こうして自分の世界が広がっていくのが嬉しくもあった。ところが今回 気が付いたのは、独学では踏み込まないだろうと思えた世界も、実は好み・興味・関心の延長上にあったのではないかということ。そうでないものは 無意識に 始めから近付かなかったのだろう。

 

第1回目に与えられたテーマは まさに後者で、私には縁もゆかりもないものとして 始めから近付こうともせず、興味を持つこともなかったものであった。う~ん。いくら調べても纏まらない。締め切り日は刻々と迫る。焦る。気も重くなる。う~ん。・・・そして 突然 閃く。そうだ、みんなの知恵を借りよう。(出た!他力本願夕暮れ)。こういう分野の専門家の友人もいるけれど、たかだか私のバイトのために 忙しい彼女の時間を貰うのは申し訳ない。まずは家族から。さっそく娘 (小焼け) に声をかける。「ねぇ、これ知ってる?どう思う?」 小焼けはあっさりと答える。「知ってるけど、どうも思わないよ」。「謝礼を貰ったら小焼けに1割あげるからさぁ」と私は続ける。「無理。私はすごく忙しいのよ。部活の新入生対応もあるし、模試もあるし、英検も近いし」。「じゃあ、5割でどうよ? ううん、8割あげる」と更に私は粘るが、小焼けはそれ以上は相手にしてくれなかった。あ~あ、この薄情者。

 

実家の父は物忘れは進んでいるらしいけれど、昔取った杵柄、ヒントくらいはくれるかも・・・と思い、ビデオ通話を繋ぐ。「それはなぁ、こういうことだよ」と生き生きと話してくれる。途中で私は気付く。あれ? 父の脳裏にある情報は過去で止まってる?それを指摘するのも可哀相なので 頷きながら聞いた後、キリの良い所で礼を言って終了する。せっかく張り切ってくれたのに ごめんね、お父さん。

父に代わって 母が顔を出す。「夕暮れったら、また変なことに首を突っ込んで。そのテーマ、私も何となくは分かるけど、文章に纏められるほどの知識はないわよ」。母の言葉を受けて、 私は 勘違いしていた第 2 について ぼやく。「謝礼って原稿用紙1枚で 2000 円、5 問 (5枚分) だから合計で 1 万円だと思っていたのよ。そしたら、1 回につき 2000 円なんだって。1 枚 (400字) で400円?! しかも『内容が趣旨にそぐわないものであれば謝礼はお支払いできません』だって。こんなに大変なのに 400 円とはねぇ。1 文字 1 円よ。やる気も失せる」。「依頼元にしてみれば、そりゃそうよ。専門家ではない人に意見を求めているのだもの。原稿用紙 5 枚で 2000 円でも高額でしょうよ」と母は言うけれど、慰めになっていない。

更に母は続ける。「そんなに辛いなら 今回はお休みさせてもらえば? 夕暮れの友達に、家族を病気にしたり、危篤にしたり、殺しちゃった人いたじゃない? だから夕暮れも 私でもお父さんでも どちらでもいいから 危篤にしていいわよ」。ああ、友人の N ちゃんのことね。彼女は新入社員の頃、出勤するのが辛くなり、親兄弟、祖父母に至るまで病気や危篤 (あるいは死亡) にして会社を休みまくった挙句に退職したのだった。

傍で父が言う「バイトの契約期間は長いんだろう? 1 回、2回はそれで乗り越えることができても、ずっとという訳にはいかんだろう?」。お父さん、物忘れは出てきたけど、こういうことには ちゃんと頭が回るのね。なんだか ほっとする。良かった。「いっそチャット GPT 使っちゃう?」「いや、それは問題が多い」「えっと、じゃあねぇ」・・・と親子三人の悪巧みは続く。越後屋さんの末裔一族か?

 

私達の 遣り取りを聞いていた 小焼けがボソッと呟く。「ちゃんと本当のことを言って、バイトそのものを辞退すればいいんじゃないの?」。「本当のこと? どう言えばいいのよ?」と尋ねると、「『せっかく採用していただきましたが、私には荷が重すぎてお引き受けできそうにありません』って」。 娘よ、潔い (いさぎよい) のぅ。

言い訳がましいけれど 一応書くと、「折角採用していただいたのに、突然のキャンセルでは先方にも迷惑をかけるだろう。こちらもいい年をした おとななのだから 失礼のないようにしなければ」と気を遣っているつもりだったのだが、実は こざかしいだけだったのか・・・と反省し 恥じる。そっか、小焼けの言うように 1回、2回・・・と休みをもらうよりは 契約そのものを辞退すればいいのね。なるほど。「私には荷が重すぎて」・・・確かにその通りだ。自分の知識・力量不足が 情けなく悲しくもある。

依頼元にはご迷惑をかけることになり心苦しいけれど、「明日、辞退の お詫びとお願いをしよう」と決めたら安堵して 心も軽くなり浮き浮きする。「ねぇ、お祝いにお肉にしようか? 5 等級の」と小焼けに話しかける声も弾む。予定していた収入はゼロになるのに 出費が増えとるやないか~。

 

寝る前にふと思う。「ここで辞退したら なんだか負けた気がする」。ん? 私は何と闘っているのだろう? 自分自身? 子ども時代からずっと「私はやればできる」と思って自らを励ましつつ頑張ってきた つもりだった のに、ここで諦めるのはいささか無念だ。しかも謝礼を当てにして、もうシャワーヘッドを買ってしまったではないか・・・。話は逸れるがこのシャワーヘッドはなかなかの優れもので、ミスト ナノやジェットなどの機能が 4 種類あり、頭皮・顔・ボディに応じて使い分けができる。最近では髪もお肌もツヤツヤになってきた(知らんけど)。入浴が待ち遠しく楽しい日々。

(話は戻ります) やはり、できるところまでは頑張ってみようかな? 翌日、心新たにして 丹念にテーマを読む。検索した資料も読む。膨大な量だ。頑張る。う~ん、分からん・・・。が、分からんなりに浮かぶこともある。これを纏めればいいのかな? 締め切りまであと数時間。学生時代よりも切羽詰まっている。

「意見」に対しては正解も不正解もないのだから、もういいや~ これで送ろう。最後はもう破れかぶれ。ポチッ(メール送信ボタンをクリックした音)。第 1 回目はこうして終了した。あら? なんなの? 送信後の この開放感と達成感は?!(打ち上げに、いつもよりはランクアップしたお寿司にしようか?と思う)

 

息つく間もなく 2 回目のテーマが届いた。あれ? 今回は好きな分野だ。これなら書けるかも・・・。こちらは締め切りの 1 日前には送信できた。やればできるじゃない? 真珠のネックレスをして 木に登る豚が見える。

しかし、3 回目のテーマは何だろう? 4 回目は? こんなことがまだあと数ヶ月も続くと思うと涙が滲む。 

今回の教訓:「募集要項はじっくり読もう」「欲に目が眩むと 泣きをみる」