戸惑う女と魔性の女

(小焼け) の夏休みが終わった。部活、夏期講習、大学のオープンキャンパスお盆で祖父母宅へ・・・などに加え、友達の誘いに応じて 海や夏祭りへと出かけて行った夏休みだった。

小焼けにしては初めての 1 対 1 のデートもあった。幼稚園時代から一緒の友人達と男女問わず ずっと仲良くしていて、今までは グループLINEで誰かが呼びかけると、参加したい人はその都度 自由に参加するという感じで、小焼けも男の子達と出かけることは何度もあった。

小焼けにしてみれば、それで充分楽しかったようだけれど、高校生になってカップルになった人達から「小焼けちゃんも そろそろ特定の彼を作ったら?  他の中学校出身の人だけど、私のクラスに相性の良さそうな人がいるよ」とのことで紹介されたらしい。

 

7 月に紹介されて顔を合わせた後は、試験や部活でお互い忙しくて、スマホでのDM交換がメインだったらしいが「なんか意気投合しちゃって 楽しいんだけど」と言っていた。紹介してくれたカップルがまるで仲人のように「まだDMの段階?今度は電話で話してみたら?」と勧めてくれて電話で話すことが増えたらしい。「そしたらね、話が弾んじゃって、この前なんか気が付いたら 3 時間も経ってた」とも言っていた。ほ~、友達との会話は 学校や部活で直接会って話すことが殆どで ( LINEは用件のみ 手短に済ませ)、電話 (ましてや長電話) なんてめったにしない小焼けにしては珍しいねぇ。よほどウマが合うのかな? 聞くところによると 穏やかな人で話題が豊富で興味の対象も似ているのだとか。

そんなこんなで、「夏休みになったら、二人で出かけよう」と初デートの運びとなったらしい。「何、着ていこうかなぁ? お母さん、これとこれではどっちが良い?」と私に散々相談した挙句、「おばあちゃんにも聞いてみよう。( おばあちゃんはお洒落でセンスが良い)」と Webカメラを繋いで私の母にも相談していた。どんだけ気合い入ってますねん?

 

いそいそと出かけた当日、おばあちゃんが電話してきて「小焼けちゃん、もう帰って来た? どんな感じだったのかしらね? 良いお父さんになりそうなタイプだったらいいねぇ」等と言う。まだ帰っていなかったけれど、初デートで「この人、良いお父さんになるかしら?」なんて考える 16 歳はおらんやろ~。

帰宅した小焼け。「彼と出かけてどうだった?って、おばあちゃんもきっと聞きたがると思うけど、同じ話をお母さんと おばあちゃん・おじいちゃんの それぞれにするのも手間なので、今からおばあちゃんに電話するから、お母さんも傍にいて スピーカーで話を一緒に聞いててよ」と言う。ふむ。合理的だ。

 

小焼けは続ける。「一緒にいると『この人、みんなから愛情をいっぱい受けて すくすくと育った人なんだろうなぁ』と思える優しい雰囲気が 電話の時より一層 伝わってきたよ。それでねぇ、『(今までDMや電話でたくさん話をしてきて)小焼けちゃんの こんなとこが好きだ』から始まって、私の良い所を褒めてくれるのよ。それも長々といっぱい。で、最後に『彼・彼女として付き合って』と告られた。早くない?」と戸惑っている。

 

おばあちゃんは嬉しそうに言う。「まあ、なんてありがたいこと。小焼けちゃんのことを そんな風に良くみてくれて・・・。穏やかで温かい人が一番よ。それに彼はアウトドアが好きとも聞いていたから、サバイバルの知恵をたくさん持っているに違いないよ。もし不測の事態 (災害など) に遭っても、安全な場所で火をおこして 飯ごうで ご飯を炊いたりできるんじゃない? 寒空の下では冷えたおにぎりより、炊きたてのあつあつご飯の方が断然 美味しいよ。飯ごうの底がちょっとお焦げでね。はぁ、いいわぁ」

「おばあちゃんったら、話が飛躍し過ぎよ~。なんで突然災害に襲われるイメージが湧くのよ」とそばでツッコミを入れながら、炊きたてご飯の湯気と ちょっとお焦げの美味しそうな香りが 私の脳内をよぎる。

 

小焼けは「彼を そんなことに利用しようと思っちゃ いけないしょ?」と言いながら、「思いやりがあって 楽しくて とっても良い人ってことは よ~く分かる。でもねぇ、私、彼と手繋いだりとか考えられないんだけど・・・。なんかさぁ。気が重くなっちゃった。今度映画を観に行く約束をしたけど、その時に『やっぱ友達に戻りましょう』と言おうと思う」と続ける。

「え~!どうして~?  今までに聞いた話を総合しても こんな良い人 なかなかいないよ。早まってすぐに断っちゃダメよ。おばあちゃんは 手繋ぐくらい なんともないんだけど ( 魔性の女か ? !  )」とおばあちゃんも粘る。

「おいおい、小焼けちゃんの恋の行方は、小焼けちゃん自身が決めるだろうから、みんなしてワイワイ言わなくても、本人に任せておけばいいんじゃないか?」とおじいちゃんが横から口を挟む。そして続ける。「で?」(←結局は おじいちゃんも話の続きを待っている)

「善い人だからこそ、早めに言っておかないと」と小焼け。今までしてきたように男友達とは グループで話したり 遊びに行ったりする方が気楽で良いのかなぁ。 1 対 1で出かけたことがなかったので戸惑っているだけかな。それに「彼・彼女」になっても別に手を繋がなくてもいいと思うのだけど。

 

ふむ。私は考える。おばあちゃんは小焼けの明るい将来を 早く見たいのだろうか。70 歳の坂を登り始めた自分と夫、闘病が続く小焼けの母親 (夕暮れ)。私達 3人に何かがあれば、ひとりっ子の小焼けは独りぼっちになってしまう。(幾ら仲の良い友人達がいても、年月が経てばそれぞれの生活もあり、学生時代のようにはいかなくなるだろう)。そう思えば『良いお父さんになりそうな彼』と温かい家庭を築く小焼けを想像して 安心したいのかも。

 

私は今まで『将来 小焼けがどんな人を愛しても、結婚しても しなくても、どんな仕事についてどこに住もうと、どれもみな小焼けの人生だから 小焼けが自分で納得のいくように生きていけばいい』と思っていた (つもりだった)。ましてや、娘の恋バナに口を挟む気など毛頭なかった(はずだった)。でも、母の言葉を聞いて『やはり家庭を持って子どもに恵まれて過ごす娘の姿を想像して、安心してこの世から旅立ちたい』と 心の奥底では望んでもいるのだろうか、とも思った。親のエゴ? 

病を得なければ(平均寿命まで健康で生きられるとすれば)、どんなに離れて暮らしていても、小焼けが窮地に立った時には 相談相手くらいにはなれるだろうし、こんなこと考えもしなかったかも知れないのに、弱気になっているのかなぁ、いかんなぁ、私・・・と反省もする。

 

『結婚して子どもを育てることが幸せとは限らないし、いろんな生き方があって当然。小焼けの人生は 小焼け自身が切り拓いていくもの』との思いがあるのも事実だし、(初デートの彼とは 高校時代の思い出で終わるかもしれないけれど)『これから先、どこかで良い出逢いがあればいいなぁ』と願う気持ちがあるのも事実だ ということを改めて知った日だった。