郵便配達の人を待ち続ける 遺伝子

お正月に 祖母の部屋で賑やかに過ごしていると、娘の小焼けが言った。
「ひいおばあちゃん、あのね。さっき歌ったり踊ったりしたのは『パプリカ』という曲で、作った人は米津玄師という人よ。《 2020 応援ソング 》で、去年の夏にNHKの『みんなの歌』でも流れてたよ。それから…ダンスを振り付けた人はね……」。

小焼けは、曾祖母が現在の状態になっても、何のためらいもなく、幼い頃と同じく のんびりとした口調で 「ひいおばあちゃん、あのね」と話しかける。曾祖母は小焼けの話す内容はほとんど理解できていないと思える。それでも、ひ孫の話を にこにこと頷きながら聞いていたが、不思議なことに、途中から何か考えるような表情を見せた。

 

小焼けの話がひとしきり終わると、私の母が「NHK? そう言えば・・・」と話し始めた。祖母の表情を見て何か思い当たる節でもあったのだろうか?

昔、母がまだ子どもだった頃、NHKで「あなたのメロディー」という番組があったそうだ。視聴者 (アマチュア) の作詞作曲によるオリジナル曲を公募し、その中で優れたものを 番組の中で プロの歌手が歌ってくれたらしい。(なんと! 自分の作った曲を プロが目の前で歌ってくれる? そんな素敵な番組が!)

ある日、私の祖父 (小焼けの曾祖父) が「自分も応募する」と言い出したとのこと。「ノートには書き留めた詞が 幾つもあり、メロディは全て頭の中にある」と言う。NHKの応募規定では、詞と一緒に譜面も提出する必要があったが、祖父は楽譜の読み書きができなかった。それで妻 (私の祖母) に「自分が歌うメロディを楽譜にして」と頼み、ピアノが弾ける祖母が 聞き取りながら楽譜を作成したらしい。

 

私の母は、まだ若かった自分の両親が 楽しげにピアノの前で ああでもない、こうでもないとしている姿を鮮明に思い出せるという。そして「その後に父は若くして亡くなったし、苦労も多かった両親だけど、あのように楽しく和やかな時間を過ごせたこともあったと思うと、ほっとして救われるわ」と言った。

私は写真でしか祖父の姿を知らないが、若く溌剌としてピアノに向かっている祖母と、その傍らで (ちょっと音程が はずれながら) 歌う祖父の姿を想像すると、私も幸せな気持ちになる。そして 現在 目の前にいる祖母も、ひ孫の話す言葉から 少しでも あの頃の楽しい気持ちを思い出せていたらいいな と思った。

 

「で、結果はどうだったの?」と尋ねると 「合格 (採用) 通知は一度も来なかった…」。 郵便配達の人を待ちながら、祖父は「審査員の先生方は、名曲を選び出す力をなくされたのかなぁ」などと ぼやいてもいたらしい。生前の祖父を知る人は「物静かで生真面目な人だった」と口を揃えて言う。その真面目な祖父がそんなことを口にするから、周りの人間 (祖母や母達) は より一層 おかしいような、気の毒なような気になったとのこと。

 

あら? ちょっと待って。 なんだか、似たような雰囲気の言葉を 私も聞いた気がする。しかも そう遠くない頃。 ん? あっ、そうだ! 母が百万円に目がくらんで応募した後に 言ってたことと似てる!?  ↓  

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応募したのに いつまでも届かない受賞通知を待ちくたびれた母は言った。「台風が上陸した時と重なってしまったから、交通機関に乱れがでて 締め切り日に間に合わなかったのかしら?」「豪雨で葉書の文字が滲み、審査員の先生方は文面が読めなかったのかしら?」

なるほど・・・郵便配達の人を待ち続ける 母のルーツは、そのまた父親にありましたか? 

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※  検索すると、Wikipedia に「あなたのメロディー」が ありました。あの名曲「与作」「この広い野原いっぱい」「おへそ」「コンピュータおばあちゃん」「海猫」なども、「あなたのメロディ」から誕生したのですね。知りませんでした。アマチュア楽家すごい!