市井の片隅の ささやかな歴史

先日の雨と風で この辺りの桜は ほぼ散ってしまった。桜便りを まだか まだかと待ち焦がれた日々が ほんの少し前のような気もするのに、桜を楽しめる時期のなんと短いこと。

 

母の実家の庭に 桜の樹が二本あった。私の母が子どもの頃に 祖母が小さな苗木を植えたものらしい。時の流れと共に 苗木はすくすくと育ち、母の背丈を追い越していったとのこと。私が物心ついた頃には 2階の窓に届くほど見事に枝を広げていた。

桜の咲く時期になると、皆で写真を撮るのが習慣であった。古いアルバムを開くと、幼くあどけない母・若い祖母・私は写真でしか顔を知らない若い祖父もいる。別のページには、入学式らしい中学・高校の制服に身を包んだ笑顔の母もいる。(えっ、この頃の母って、小焼けと同じくらいの年齢? なんだか不思議 )。それから更に年月を重ね、母と結婚した父が加わり、赤ん坊の私も加わった。

私達は 父の転勤で遠方に移り住んだこともあったけれど、桜の咲く時期になると祖母宅を訪れ 写真を撮った。我が家の春の風物詩。 アルバムの中の誰もが笑顔だ。

 

けれども、「 2 本の桜の樹が あまりに大きくなり過ぎて、個人宅の庭ではいろいろ差し障りが出始めたので、専門家に頼んで切ってもらったのよ」と聞いた時には 驚きもし 寂しくもあった。「何気なく植えた苗木だったのに、こんなことになって可哀相なことをしたね。長い間、皆を楽しませ 見守ってくれてありがとう」と祖母は 悲しそうに 申し訳なさそうに樹に話しかけたと聞く。

 

その後、私は結婚し 娘(小焼け)を授かった時に思った。『祖父母のモノクロ写真の時代から、桜と共に 家族写真を撮ってきたのだから、これから生まれてくる子 ( 小焼けにはまだ名前がない )も一緒に 撮り続けたい』

車で少し走った所に 桜の名所がある。川を挟んだ両側には大きく立派な桜の並木が続き、川には 車両通行用とは別の 小さな橋が幾つか架かっている。これらの小さな橋は歩行者専用で、川にせり出した形の場所もある。ここで撮影すると 桜の花々が人物のすぐ傍に写り込み、背景も満開の桜・桜・桜・・・となる。私はインスタはしていないけれど、これぞ『映 (ば) える』というのだろう。

 

家族 (親戚) は 私の提案に賛同し、毎年 桜便りが届くと皆で集まり 写真を撮ることを再開した。16 年前の春、満開の桜のもとで 口々に 私のお腹の中にいる小焼けに話しかけた。「来年は一緒に この綺麗な桜を見ようね。早く生まれておいで」。 初めての曾孫を迎えることになる 私の祖母は一段と嬉しそうに言った。「来年から 親子 4 世代 のお花見になるねぇ」

翌年のアルバムには、小焼けの乗ったベビーカーを、(曾)祖母が幸せそうに押している写真がある。 更に時が流れ、(曾) 祖母が施設にお世話になり始めても、外出許可を貰って花見は続いた。そして今度は、車椅子に乗った曾祖母を 曾孫の小焼けが押している写真に変わった。

 

(曾) 祖母が遠出をすることが困難になると、花見の場所を (曾) 祖母がお世話になっている施設に移した。広々とした敷地内に、建物を取り囲むように散歩道があり、桜の樹がたくさんあるのも嬉しかった。

「大正生まれから 平成生まれまでの  4 世代のお花見ね」と私達は 相変わらず口にし、青空を背景にした 美しい桜を眺めながら、ささやかな幸せをかみしめた。

その時の様子がこれです ↓  

yugure-suifuyou.hatenablog.com

 

 昨年の春はコロナ禍で、 (曾) 祖母に面会すらできなかったけれど、(曾) 祖母は リクライニング車椅子に乗って 施設の庭の桜を見ることができた と聞いたときには、職員さんのお心遣いに感謝し、とても嬉しかった。「コロナがおさまれば、またみんなで一緒に お花見をしようね」と希望を繋いでいたけれど、(曾) 祖母は 旅立ってしまった・・・。

 

母からの LINE が届く。「お父さんと二人で あの川沿いの桜並木に行って写真を撮ってきたのよ」。 母は 15年間 続いた 4 世代揃っての 桜と一緒の写真撮影が 祖母の旅立ちによって幕を閉じてしまった・・・と改めて 実感し 寂しく感じたのではないだろうか。

「将来いつの日にか、小焼けが結婚して子どもが生まれるかもしれないし、そうすれば また親子 4 世代のお花見が実現するよ。お父さんもお母さんも 元気で長生きしてね」と返信をする。そして、来年こそはコロナ禍が収束して、あの川沿いの桜の名所で 揃って写真を撮れるようにと願う。姿は見えなくても 祖母はきっと傍にいてくれるはず。

 

歴史の教科書には決して載ることはないけれど、市井の片隅に暮らす平凡な我が家にも、ささやかな歴史がある。

 

f:id:Yugure_Suifuyou:20210416203832j:plain