何が起きてます?(その3)

ベッド上で、身動きもままならない状態で迎えた夜は長かった。

「これからどうなるのだろう?」という思いが拭いきれない。不安に苛まれると 思考はネガティブな方向へと向かっていく。

スタッフ ステーションからカーテン越しの灯りが漏れる。隣のベッドの方は、しょっちゅうナースコールをされている。お辛そうだ。対応される看護師さんの声や足音が耳に入る。「どうなさいました?痛みますか?」という声が優しい。夜は看護師さんの人数が少なくなり、それでも しなくてはならない用事は多そうなのに、医療に携わられる方達に頭がさがる。

 

私のベッドの三方はぐるりとカーテンで囲まれていて、一人の空間の中にいる。そして気が付くと、自分の人生を遡っていた。『何か成し遂げたことがあったかなぁ』と考えても、何もかもが中途半端。幼い頃からいろんなことを試みては失敗した。歳を重ねても、恥の多い人生だった。情けないなぁ。

 

それから、娘の小焼けのことを思う。もし私に何かあれば、あっという間に両親のいない子 になってしまう。それでも、今年の春には高校2年生。あと少しで高校を卒業して、進学や就職で一人暮らしを始める人も多い年齢になる。小焼けにはその時期が少し早く訪れるだけだ。幸いなことに、料理も好きだし家事も一通りのことはこなす。不憫だけれど、小焼けなら なんとかやっていけるだろう、と自分に言い聞かせる。

 

長い間、病院と縁の切れない時期を過ごしてきて、ひとつ良かったことは「万一」に備えることができること。義父、義姉、実家の両親、娘、友人、お世話になった方達にも伝えておきたいことは記してある。面と向かっては気恥ずかしくて言葉にできないことも、文字を介してなら伝えられる。

それから、残していく娘が将来 就職して自立できるまでの期間、贅沢はできなくても経済的にはなんとか暮らせるように準備もしてある。困ったことがあれば、支援制度や相談窓口があることも 具体的に記してある。

 

私の実家の父は物忘れが増えたし、母も持病があるけれど、精神面でも小焼けの力になってくれるだろう。(親より先に旅立つ不幸に胸が痛む)

小焼けには、幼稚園時代から仲良くしてくれている友達もいる。心優しく頼もしい男の子達や しっかり者の女の子達。将来 小焼けが判断に迷う事があれば、知恵を貸してくれるだろう。

 

それでも・・・小焼けが成長していく姿をもっと見たかったなぁ。大学に進み、就職をし、どんな人達と新たに出会うのだろう?

どんな人を好きになるのだろう?  どんな仕事に就くのだろう? 幼い頃からの夢は叶うのだろうか?  ・・・結婚しても しなくても、子どもに恵まれてもそうでなくても、どんな場所に住もうとも、みんな小焼けの人生。笑顔でいられれば良いと願う。

夫と共に歳を重ねていきたかったなぁ。どんなお爺さんになっただろう?義父のように額が広くなった? それとも白髪?  夫は もっともっと生きたかっただろうな・・・事故や災害で 突然 命を絶たれた人達の無念を思う。

ああ、だめだ。こんなことばかり考えていたら、心がむなしく淀んで行く。

 

人は必ず死ぬ。たとえ天寿を全うできたとしても、心を残しながら旅立つのだろうか。「あの世」とやらに行った時のことを考えてみよう。そこにはご先祖様達が ずらりといて、「夕暮れちゃん」と笑顔で迎えてくれるのだろうか。

写真でしか知らない曾祖母にも会ってみたい。仏間の写真の優しい笑顔には 子ども心にも 惹かれるものがあった。一昨年 旅立った祖母の義母(姑)にあたる人だ。祖母が「ひいおばあちゃんは苦労も多かったのに、慈愛に満ちた人だったよ」と語ったことがあった。『あちらの世界に行ったら、ひいおばあちゃんに会って話をしてみたいなぁ』と思った。

 

あちらの世界で会えたら、曾祖母の一生について話を聞きたい。どんな風に人生を歩んで来たのだろう。それから その後には 現代の話をしてあげよう。「令和では、自動運転の車の実用化も目前だったし、インターネットで世界中の人達と顔を見ながら話せたのよ」と教えてあげよう。明治生まれの曾祖母は眼を丸くして驚くかもしれない。

すると、もっと前の時代のご先祖様が「私の時代は、枝の先に文をくくりつけて、おずおずと恋文を渡したものだったよ」と言うかも。で、別のご先祖様が横から「俺の時代は飛脚だった」と口を挟むと、「いや、ワシの時代はホラ貝を吹いた」と割って入る人や、「私の時代は狼煙を上げたんだよ」等という人もいて、情報伝達の手段や恋人への想いの伝え方について 話に花が咲くかも。

それから・・・もうこの世では会えなくなった懐かしいあの人、この人にも会いたいなぁ。積もる話がたくさんある。

 

そんなことを考えていたら、夜が明けた。明るい日射しの中では またいつもの陽気でのんきな私に戻る。

『退院してすっかり元気になったら、何食べよう?』と 想像する(一番先に考えるのがそれ?)。フレンチのコース料理や懐石料理。プロの腕 (技) が光る美味しいもの。いいねぇ、いいねぇ。がんばって早く元気になろう。

 

そうして・・・その後、なんや かんやとありながらも、ようやく退院できた日、「小焼けが そろそろ帰ってくるはず・・・」と 2 階の窓から外を眺めていると、曲がり角に姿が現われた。ゆるやかな坂道を全速力で駆けのぼって来る。

その様子を見ながら、この子の母親でまだいられることの嬉しさが じんわりと込み上げてきた。

 

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