眠れぬ夜に 古老に会いに行く

寝付きは良い方なのだけど、時折 寝そびれてしまうことがある。そんな時、羊の数を数えたことがあった。 ( ↓ 昨年の twitter & ブログより )

珍しく寝付けない夜、羊の数でも数えようと思った。 NHK朝ドラ 『夏空』 の舞台になった北海道の広々とした牧場を思い描く。吹く風も心地良い。その牧場の柵を羊が跳び越えるのをイメージする。

羊が1匹、

羊が2匹、
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羊が次々とやって来て、軽々と柵を跳び越えて行く。可愛い!

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 わっ、うそっ! 集団で来た!! 
集団の奥にいる羊も 数え落とさないようにと 必死になる。
余計に目が冴えて 眠れないじゃないの・・・。

 

 

以前にそんなことが ↑ あったから、昨晩は もう羊の数は数えないことにした。灯をほの暗くし、静かな音量でお気に入りの曲を流している。アロマもかすかに香っている。他に何か良い方法がある? う~ん。どうしようかなぁ。

ふと脳裏に浮かぶ。そういえば・・・心を穏やかにして眠りにつける方法を 何か ( 新聞? 雑誌? TV? DVD? )で見聞きしたことがあった。記憶の糸を手繰り寄せる。

『どんなに文明が発達しても、人間には元来の動物本能が残っているから、自然に戻りたくなるときがある。そういう時には 森の奥深くに入り込み、川のせせらぎをイメージし、木々を揺らす風を感じ、古老に会いに行こう。』← 記憶があやふやで著者 ( 作者 ) に失礼だけど・・・ 

 

私はベッドの上でイメージを膨らませ、森の奥深くに入り込む。茂った木々の枝が日を遮っている。遥か遠くの上流から流れ来る水の透明さ。心地良いせせらぎ。湿り気を帯びた深緑色の苔が、大樹の幹や根元を覆っている。頬や髪を撫ぜていく風が優しい・・・・。なかなか いいじゃない? なんか落ち着く。眠りに落ちていけそう。

 

突然、『ん? これから古老に会いに行くの?  古老って? 仙人とは違うよね?』という疑問が湧き上がる。このままイメージを膨らませていけばいいものを、気になって起き上がる。折角の静寂な世界が一気に現実に戻る。分からないことはすぐに調べなければ気が済まない性格には困ったものだ。(その割にはすぐに忘れるけどねぇ)スマホを取り出して、検索欄に単語を入れる。

★古老・・・・・・老人。特に、昔の事や故実に通じている老人。

★仙人・・・・・・ 俗界を離れて山中に住み、不老不死で、飛翔(ひしょう)できるなどの神通力をもつといわれる人。

 

ふ~ん。そうなのねぇ。 古老って、ビジュアル的には 長~い白髭をたくわえて 杖をついたお爺さんというイメージがあったけれど、それは仙人? 古老とは もっと身近な物知りのお爺さんなの? 仙人なら深い森の奥に一人で住んでいても似合うけれど、古老だと「家族を置いて森の中に?」なんて余計な心配が頭をもたげる。

『ところで、 古老と長老とはどう違うの?』。またまた検索。あら 『老大家』という聞き慣れない言葉も現われた。

長老・・・・・・経験が豊かで、指導的な立場にある老人。

老大家・・・・・・その道にすぐれ、権威のある老人。

 

う~む。やはり私を待っていてくれる人は古老? 仙人だと浮世離れしていて、他人のことに構ってくれそうにないけれど、古老なら寄り添ってくれるような気もする。薄れた記憶によると、『( 会いに行くと)古老はあなたを包み込み、安心感を与えてくれるでしょう』と続いていたように思う。

 

深い森の中で古老に会って、私は幸せな気持ちになるのだろうか? 無理やり その状況を思い描いてみるけれど、深い森の中には 古老以外には人の気配が全くない。 なんか寂しい・・・。忙しい日々が続くと ( 好きな音楽を聴いたり、本を読んだりして過ごすような)自分だけの時間が欲しくなってくるけれど、かといって、このように森の奥深くで独りぼっちは寂しい。家族や友との語らいが恋しくなる。

 

ううん、以前に目にした本?(新聞? TV ?  DVD ?)は、たぶん、ほんのひとときでも現実から離れて、精神を解き放つ方法を伝えてくれようとしていたのよね?

それなのに、こんなに脱線して妄想を暴走させていたら、余計に目が冴える。困ったもんです。

 

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