なんとかして詐欺を未然に防ごうと頑張ったんですよ、私

銀行に行った。数台ある ATM には先客があるけれど、どなたも ATMでの操作は短時間で、すぐに順番が回って来る。私のお隣には もう既に、電話をしながら ATM の操作をなさる高齢の女性がいらっしゃる。こういう状況を目の当たりにするのは初めてだ。「ATM → 電話 → 振り込め詐欺」という図式が浮かぶ。

気にかかって、私は自分の ATM を操作しながら 耳はお隣の女性の声を聞き逃すまいと頑張る。高齢の方が 数回に渡り 合計数千万円も騙し取られたというニュースが脳裏をかすめる。ATMでは 振り込める金額は 銀行やその人の設定金額によって異なるらしいので 一度に そこまでの大きな金額にはならないかもしれないけれど  (後で調べたら、身体認証だと 1000 万円未満で振り込めるらしい。怖っ)それでも長い年月をかけてコツコツと積み立ててこられたと思える預金を一瞬で失うなんて あまりに辛すぎる。何としても防がなくては・・・。

 

私自身の ATM での作業はすぐに済んでしまうはずだ。『自分の用事が済んだら、いつまでも ATM の前にいる訳にはいかない。かといって、突然お隣の女性に話しかけるのも気がひける。困ったな、どうしたらいいだろう?』と焦る。

 

すると、なんということか、幸か不幸か? 私の ATM の画面に見慣れない「お知らせ」が現われた。ん?なになに?「通帳の磁気が弱くなっていて、この通帳は 読みが取れないが、キャッシュカードがあれば、引き続きこの ATM で磁気を回復することができる」という意味のことが書いてある。こんなのは初めて。でも、この操作をしていれば もう暫くお隣の女性の様子を見守ることができる。なんだか ほっとする。

 

銀行の窓口は既に閉まっている時間だけれど、ATM 専用入り口からは 時折 人が入って来られる。ATM はまだ数台あるので、お隣の女性と私が 2 台使用していても、列ができるほどのことはないのが ありがたい。電話をされている高齢の女性を気にとめる風もなく、空いている  ATMにさっと行かれる方もいらっしゃれば、おや?という風に目を留められる方もいらっしゃる。

「どうされました?」とこの女性に声をかけてくださればいいなぁ、と他力本願の私が顔を出し 心の中で願うけれど、どなたもすぐに空いている ATM の前に行き ご自分の作業に入られる。こういう時にためらわずに声をかけられる方はどんな人? う~ん、やはり社交的な中年の女性かな? ん? 中年の女性?・・・私か? でも、こう見えて実は 結構 内気で人見知りなんですよ。まじ。

 

私が画面に従って操作をしている間も、お隣では「はい? 今、そこまでしましたよ。次は? はい? あら? もう一度最初からしてみます」等とおっしゃっている。大丈夫かなぁ? 通帳の 磁気を回復させるという操作は思ったよりもずっと早くに完了してしまった。困ったな。どうしよう? 気にかかってこのまま帰る訳にはいかない。

 

そうだ! いったん 車に戻って、この銀行の 長いお付き合いのある営業の女性の携帯に電話をしよう。ATM のある場所から窓口に続く通路にはシャッターが降りているけれど、同じ銀行内にいらっしゃる可能性が高い。銀行員さんから声をかけてもらったら、あの高齢の女性も事情を話しやすいだろう。なんて良いアイディア♪ と自分で自分を褒める。こうして未然に防げたらこんなに嬉しいことはない。

 

ぐずぐずしている間に、あの女性が送金ボタンを ぽちっと押してしまわれたら取り返しの つかないことになる。私は駐車場に停めてある自分の車へと小走りで向かう。

その僅かな時間の間に、「そういえば、新聞の地方版に、振り込め詐欺を未然に防いだ銀行員やコンビニの店員さんが、感謝状を貰ったとの記事が写真入りで載っていたなぁ。テレビのローカルニュースでも見かけたことがある。

ということは、今日のこのケースも 一番先に気付いて銀行員さんに知らせた私も   もしかしたら写真入りで載せられる? 恥ずかしい。できればご遠慮したい。でもどうしても、と請われたらその際には、マスクはしたままでいいのかな? それとも外してくださいと言われるかな? 最近 メイクもろくにしていないので、ちゃんとできるかな? いやいや、私は感謝状を貰って ローカルテレビや新聞の地方版に出たい訳ではない。あくまで犯罪を未然に防ぎたいだけ」・・・なんてことが、いつもは ゆるい頭の中を素早く駆け巡る。

 

自分の車に到着し、営業の銀行員さんの携帯番号を スマホの電話帳で探す。あった!

発信しようとした まさにその時、はっと ひらめく。高齢の女性が手にされていた電話機にはコードが付いていた!  つまり、ご自分のスマホではなくて、ATM の傍に設置されている連絡用の電話を使われていた。

・・・ということは、あの女性が話されていたお相手は 銀行のヘルプの方ということになる? ああ、良かった。振り込め詐欺ではなく、ATM の操作そのものを尋ねていらしたのね。

安堵すると共に、一瞬とはいえ、感謝状を手に持って微笑む自分の姿を想像したことに照れる。そして、こんな恥ずかしいこと、誰にも言わんとこ・・・と思った。