私はどこに?(その2)

胃癌手術で執刀してくださった先生にお会いした時、退院後の生活について尋ねられた。(その 1) に書いたような話をすると「心療内科を紹介しましょうか?」とおっしゃる。「えっ! 私、そこまで状態がきてます?」と驚きつつも少し安堵する。心身共に力の出ない中にあっても、心の片隅には「何とか抜け出さねば・・・」という焦りもあり、心療内科を受診することに一筋の光を見いだせる思いがした。そうすると、今度は大学病院の心療内科というものに興味が湧いてくる。お! 無気力だったはずなのに、持ち前の野次馬根性が そっとが顔を出した?

 

その後 予約もでき 大学病院で受診することになった。最終的には准教授に診ていただいたのだけれど、まずはとても若い女性ドクター (研修医さん?) の問診があった。その後に もう少し経験を積まれた風の男性ドクターによる確認などもあった。いずれも 他の人(病院スタッフや他の患者さん)の気配のしない 密室のような部屋に通されて『ここだと、誰にも話を聞かれる心配はありませんから、心置きなく なんでもお話しください』という雰囲気がある。防音もしっかりしてる感じ (知らんけど)。閉所恐怖症の人には却って辛いかも、などと余計な心配までする。

 

大学病院だからだろうか? 研修医さんによる問診は長い。生まれた所から始まって現在に至るまでの生い立ちを細々と尋ねられる。その都度、彼女は PC にせっせと打ち込みつつも (タイピング早っ!)  私が話す時にはこちらをしっかり見て、大きく何度も頷きながら耳を傾けてくださる。

この繰り返しが続く中で 私はふと思う。授業で習ったことをきちんと真面目に実行されてるのかなぁ。患者に寄り添おうとする ひたむきな姿勢が伝わってくる。死別した夫のことになると涙まで浮かべていらっしゃる。優しい人だ。ありがたく思う。でも患者に感情移入するとお疲れが出ませんか?と気にかかる。心療内科のドクターって大変だなぁとも思う。

今では「ゴッド ハンド」とか「名医」と呼ばれるベテランドクター達にも「初めての○○ (執刀など) 」の時期が あったはずだし、いずれ 娘の小焼けも 職種は違っても 就職したての折には このように一生懸命頑張るのだろう・・・、などという思いも浮かび、この初々しい研修医さんにエールを送りたくなる。患者として訪れたのに、もう自分がどの立場にいるのやら分からなくなる。

 

こんなにきちんと 時間軸に沿って 自分の人生を (その都度の感情なども含めて) 思い起こしたことはなかった。ましてや他の方から 事細かに質問されることも 答えることも なかった。歩んできた道を振り返ってみる良い機会をいただいたと思う。そして、これまでに 恩師、友人、職場の同僚や上司、家族 親戚など、数え切れない人達に随分と手を差し伸べて貰い、お世話になった人生であったと改めて思う。

それから暫く待合室で待って いよいよ准教授の診察。私の 生い立ちと現在の状況や 気にかかっていること等が 先程の研修医さん?によって まとめられていて、准教授はそれらに目を通しつつ 静かな口調で  私に話しかけながら 確認なさる。ゆったりとした穏やかな時間が流れる。

 

ドクター達と話している内に、私の心の中の もやもやの霧が晴れていくようだった。「もしも・・・」とか「~だったら」と考えたり、将来 身の上に 起こるか どうかも分からないことにまで不安を抱えても仕方ない、と改めて思う。そして、准教授が「こうしてお話してみると、夕暮れさんの場合は薬も必要なさそうですね。このまま様子をみましょうか? もし今後 何か気になることがあれば またいつでも 予約の電話をして 来てくださいね」とおっしゃる。ドクターの最後の言葉に勇気づけられる。「何か気になることがあればいつでも・・・」と言われると、帰る港ができたような安堵感を覚える。

 

インターネットを介して知り合った 友達のことが心に浮かぶ。もう数十年もメンタルの病と闘っていらっしゃる方、冬の季節は特にしんどいと言われる方、天候に左右されて体調を崩される方、薬がないと眠れない方もいらっしゃる。明るく元気そうにお見受けしても それぞれ人知れず闘っていらっしゃる。

 

心療内科受診後は何だかエネルギーが戻ってきたようだ。単純な性格なのかしら? 後で読もうと思ってそのままになっていた新聞に目を通す。

【保育園 独り泣きをる孫の手に 人形持たす一歳の友】宝塚市 中西さん 

幼い友情のなんと美しいこと。保育園で 独りで泣いている子に 人形を持たす「一歳の友」という表現も素敵だなぁ。光景が目に浮かぶ。心がほっこりとして潤う。

新聞の広告や、twitterやブログにも目を通す。「これいいなぁ。買おうかな」とか、「ここいいなぁ、行きたいな」とか「この本、読んでみよう」とか、「これ美味しそう。お取り寄せしよう」などと思えるようにもなった(私の場合、ほぼ食欲と物欲?情けない)。それでもモノクロだった世界に色彩が戻ってきたような感じがする。心が動き出した気配が嬉しい。

 

心の病には たくさんの原因があって 現在では15人に1人ともいわれている ( 人ひとりの生涯を通して考えると もっと多い数字になるのかも?) 。私のように のほほんと生きているように思える人間も いろいろ積み重なるとこうして心療内科のお世話になることもある。

ましてや、災害や事故・事件による PTSD を発症されている方達の 長期に渡る辛さは、メディアでも見聞きするけれど、いかばかりかと改めて思いをはせる。